2017年2月21日火曜日

リテラシーとしては




「そうかそうか、はてそれは困ったな」で良い








ウッキー、となる必要性は1ミクロンもない






自分自身が困るだけで済むのなら、対処法は山ほどある









それが理性でもあるし、ある意味ではほんとうの友愛の形でもある








相手の振る舞いや、ましてや境遇に、非などあろうわけもない





あってたまるか









自分が受け止められるかどうかであり、受け止められない場合、次はどのように対応するか、ただそれだけである












いいね







ここ数日聴いてるけど













友愛の曲として好き










2017年2月19日日曜日

2017年2月18日土曜日

実は




音楽を扱っているようで、人間の集団を扱っている






集団の動きに機敏に反応している






それに気付いた時、多少、興ざめする自分に気付く







そのムーブメントの核となる思想、哲学、が他者依存、社会依存すぎるからです






本来、それらを受けて帰結されるべき、お前自身の、社会からも切り離された個としての本心はどこなんだ?





無意識に、社会や集団とは、漠然とした「よきもの」だと思ってるのか?





俺は何年暮らしても、根っからの都会人になりうる事は無い





他者、という実はひとつひとつがまるで異なるものを、えいと一緒にしてしまう思想は





あちきにとって具合わるい







2017年2月17日金曜日

春一番




今年の新春は暖冬であった





春風が吹き抜けて、外を歩くと塵で目が痛い





岩手よ、そちらももうすぐだ





2017年2月15日水曜日

整理整頓は基本



自分の考え、ベクトル、オペレーションを健全に行ううえで






整理整頓は基本です




整理整頓しないのに不満ばかり募るのは基本的に怠慢と思っていい




てめーでなんとかする




これは基本だ




やることやるのです




2017年2月10日金曜日

東京



東京にいる時に雪に降られると、あれこれ気をまわさんといかんトピックが増えて煩わしい




岩手の実家にいる時に雪に降られる分には、全く気にならない





これは、それぞれの環境の中における自分のポジションが違う役割だからです




ただ、雪だけとって、どっちが情緒的で美しいかと訊かれたら、言わずもがな、岩手の山に降る雪です



susquatchで表現出来る"良いもの"とは何か、を自問自答して行くと、あまりその表現の素材となるものは、人工環境や人間社会の中にはないと気付く



そういうものからは免れられず、作品に影響として反映されるだろうけど、表現したいもの自体はそれじゃない




もっと普遍的な法則と、それに相対的に立ち現れる感情を表現したい




じゃないと、誰彼問わずに聞かせられる作品にできない




なーんて面倒くさい事を、雪を見ながら思ったりした





春よ、はよ(身体かたくていや)