2016年12月2日金曜日

ナマズの子供達





を観察しながら晩酌する俺は、割とれっきとした変態なんだろうな、興味ない人からしたら





と思いながら、手製の餌やり






2016年11月16日水曜日

コリドラスは多産だ









多くの卵が孵化する前にカビに覆われるか、他の魚の補食の対象になって命を落とすから



まあ余計な真似とわかりつつ、保護する






2016年11月14日月曜日

一応ゆっときますけど







オレは出ません







なんか書かれてるけどね笑







オレもオレとて忙しいの






掃除を欠かさない、これは死守









みんな行こうこれ











































2016年11月11日金曜日

明日あたりね



12月18日susquatchの詳細告知させてもらいます




夕飯どきになるかなと





それで、年納め、となるかと




色々ドタバタだったなー今年も




リリースなんて実はとんでもない



本当にドタバタしてました



でも、ケタケタ笑った一年に結局今年もなったな



そういう能力は恵まれているほうかもしれないなオレ、足るを知ろうもっと笑




ではまた明日




























2016年10月24日月曜日

遊んだ



ERAでGFO企画で、アヴェンズも久々一緒で楽しかった






もみと藤原くんと、懐かしい顔ぶれで飲んで、四国の県道で車中泊した若い頃の話に花が咲いた





今もPAとして活躍するもみに、「さすがにもう帯同PAに車中泊させる若いインディーバンドなんていねーべ?」と聞いたら「さすがにいないねー」と






今度は車中泊メインで旅行に行こうという、バンドやライブそっちのけのバカな約束を交わした笑






でもそういうのいいね、昔みたいにみんなで、バカ話しながら地方遠征いきたい





という事で、地方のおもしろいお話、どんどん振ってください





ゆたちんの噺家としての技術、バンドの総力をあげて温めておきます













2016年9月17日土曜日

ブログをよ




綴りたくない訳じゃない







ただよ






糞ほど忙しい







お袋よ






おつまみありがとう、ポケモンマスターと美味しくいただきます










んまんま







2016年9月5日月曜日

綴る




夏のこの時期、俺は毎年、くそほど忙しい






睡眠は最低限、体を休められるだけの時間に留め、それ以外は常に何かに追われて過ごしている(あくまで自分のイメージで、実際はそんなこともないのかもしれないが笑)






要するにはイベントが多い




そういうものに埋め尽くされて過ごすと、一々立ち止まって物を考える、俯瞰する、という時間は著しく損なわれる




いわゆる、心を亡くす状態となる(だから"忙しい"という漢字になる、というやつです)





現に昨日まで忙しかった




ただ、イベントは山ほどあった




それらを記憶の彼方に黙って見送るのも、なんだかもったいない気が、漠然とする





ので、雑に綴る





俺と洸くんで毎年恒例の花火大会の場所取り、今年は10年近いキャリアの中で一番雨に苦しめられた









大会開始前、4時頃の空、分厚い雨雲の遠くに微かに晴れ間の見える、微妙な天気です。実際このあと、打ち上げ30分前に結構降った









ただ基本、俺も洸くんも晴れ男ですので、本編には雨は上がります(と大口をたたいておく)






夏の終わりの雲が好きです、空の澄みはじめる感じと、雲の造形が面白いのが多い





実家では今年もスイカやってました。甘いのと甘くないのとそれぞれあって、見分け方が中々難しい







花巻市大迫で親戚がやってる老舗中華飯店、美味しいです、大迫は市内屈指の山あいですが、お近くの際はよろしければぜひ一度






ちょいと有名なスーパーオセンでもポケモンGOは禁止されていた。そうだそうだ、人ごみの中でポケモンなんか捕まえないで、山や草原で虫を捕れ






俺は庭で野菜を採った









ソースとかなんかは自分で作るんだ









こういうものを作って家の採りたて野菜めしで一杯(いっぱい)呑るんだ






たまに姪っ子連れてホームセンターであれこれ遊ぶんだ(質的にはほぼ同い年)








綴り始めたらなげーな






でもまた時間があったら綴る






まだまだある







2016年8月19日金曜日

「押切の弾き語り?うそくせー、なーんかうそくせー」








とかいわないで、よかったら観に来てね、9.4の新代田














結構ちゃんとやってますから、仕込み











ご予約の方はssqt_web@hotmail.co.jp









もしくはTwitterとか














とりあえずリンキーファーストに頭が上がりません、ありがとうございます













さ、仕上げにかかるよそろそろ





















2016年8月16日火曜日

誰とは言わないけどね








もうね、満身創痍ですから






バキバキいくど。テンション上がるわ笑









台風ですけど





ぼくらは下北に集合です







どこまで行けるかな〜、むふふ








2016年8月12日金曜日

そうなんすよね




こけるのがダメなんじゃなくて、こける度に「もう一回行くべきか」と一々躊躇すんのがダメなんですよね







行くべきかじゃねーよ行け、という話であります







良い意味で、どうせみんな死ぬんだから







せっかく見つけた本意なことにすら固執出来なくなったら、拘れなくなったら







恐らく生きてる意味を見出す事はできなくなる







凝り固まらず、楽な気持ちでこけられるように臨むと、案外こけない







そういう気持ちを持つためには、やっぱり広い視野が必要で






そういう広い視野、悪く言えば「意識の逸らし先」、僕にとっての「逃げ場」は昔から"自然"である






要するに、人のいなくて圧倒的に非人工的な環境







2016年8月10日水曜日

みんな見て







前からもともと好きな映画だったんですが、









いままでレンタルで見てたのが、悪いことに最近iTunesで購入して携帯にDLしてしまい










この一週間、空き時間になると好きなシーンをランダムに選んで、ずーっと見てる











主役の福本清三さん、山本千尋さんの体の使い方、演技の凄みももちろんながら











名脇役としての本田博太郎さん、峰蘭太郎さんもとてもいい(お二人は特に表情)











この映画のとあるシーンで、ぼくはいつ見てもぐっと涙が込み上げるシーンがあるんですが










それが特に決定的なシーンでもないし、何故なんだろうと、ここ数日ずっと考えてるんだけども、いまだ言語化出来ないでいる









全部が全部、頭で、まして"言葉"という枠に落とし込めることじゃないのだろうと思っている









別に自分の語彙や国語力を買被った思い上がりってんじゃなくね








この映画をご覧いただいて、「そのシーンてここじゃない?」って思った人がいたら教えてください








当たってたら、ビールぐらいご馳走します笑

2016年8月7日日曜日

たまには





オフって息抜きもせんとね












雲の形も最近変わり始めましたよ











秋近し、だよ俺的には












2016年8月6日土曜日

heもアベンジャーも





良いライブしてた







ご馳走さまでした












もちろん俺らも良いライブしたつもりよ







楽しかったね〜








さ、susquatchやることいっぱいです








月末は先月に続き再び秋田へ










た〜のしみ〜!















2016年7月28日木曜日

長かった





やっとこ梅雨明けしたらしいやん東京







取り戻すべく遊ぶど

2016年7月26日火曜日

流行





あんだけ広大なマップを歩かされる割には、そこで得られる情報や収穫が実際の昆虫・植物採集に比べて極めて少ないと言う点で






ポケモンGOとおれの相性は悪かった









そんな与太話をしたスタジオの帰り、ポケモン収集家の集う自宅近所のポケモンスポット近くで実際に捕獲した








捕獲したというか、道にひっくり返ってたから、退けてやろうと思って足で小突いたら案の定よじ登ってきて








居着いた








片や各々スマホに食い付き、「おおー」等と歓声を上げ、片や「チッ」などと舌打ちながら、靴から虫を引き剥がすのである







関係ないが、現時点だけで判断すれば今年の夏は冷夏である










2016年7月25日月曜日

思想やら型やらは






多分あとからついてくる








まずは実用性、実際にやってみること








生きてる”ことのアドバンテージは”体験できる”ことにある








”痛いのはちょっと”と敬遠するのは、良かれと思ってやる割には、スパンを変えると損してることも多い






自分に向けてだからアレなんだけど





やはり”かわいい子には旅をさせろ”なんだろう






2016年7月20日水曜日

今日は




実験した

東京月見酒





そういう時は結構な割合で







宮沢和史さんの作品聞きながら呑んでたりします








ガキの頃からお世話になっております

2016年7月17日日曜日

言葉の大切さ





を知っていけるところに、人生の醍醐味はある







知っていって学んでいって、その先でもまだ、至らなさを思い知らされる






だからまた明日、新鮮な気持ちで襟を正せる







もちろん、正したつもりで正せてなかった事を思い知らされる日もある







ほんとう、それでも全然良い













語弊を恐れずいえば、上手くいかない一日一日が愛しい








できなくていい、足りなくていい、それを知れることにこそ意味がきっとある








腐ってると多分気付かない










”諦める”は、確かに”明らめて”いる










2016年7月14日木曜日

2016年7月13日水曜日

そこそこやばめな




撮影現場と










アッパー系の撮影クルーのおかげで








まじで腹いてかった














初夏の椿事














2016年7月5日火曜日

聴覚からの認識には時間の経過が必要不可欠



だけど、正確には視覚にも「同じくらい」とは言わないまでも、時間の経過はかならず必要だと思う






耳から入った信号でも、目からの入力でも、認識、理解するまでのタイムラグがあって、やっぱりそれは入力から順次、時間の経過を伴って処理される






生きるという事は認識の連続、少なくとも「意識が発生してる状態で生きる」という事は認識を伴う





人が"自分"という概念に拘るのには、生きていると"なんでもかんでも片っ端から勝手に自ら認識してしまう"という制約を免れないため、やむを得ず"自分"を立てているだけであって





認識をもっと上手く扱えたら、入力されたものの受け取り方、取り扱いをもっと違う形で処理出来たら、"自分"って、実は邪魔なものになったりもするかもしれない





ちゃんとしたものを、大事な人たちに届けたいって思ったら、強い顔で強い声で歌う前に、「ちゃんとてめーが何者なのか真剣に考えた事あります、そのうえで歌わせてもらってます」って言えないようじゃ雑すぎるなと思ってね





自己満なのか、本当に考えてるのか、めんどくさいけど、自己懐疑に踏み込まないものを基本信用したくないわたしfrom Hanamaki,Iwate.













2016年7月4日月曜日

バリウムのおかげで





下腹が変なかんじ







おえ






でも定期的に診てもらうと、意識がちゃんとそこに向かうからやっぱいいね、ありがたや







帰りに癒されてきたわ

2016年6月22日水曜日

2016年6月21日火曜日

いやそれにしてもなかなか




地獄の様相を呈していたな、二次会のカラオケ








いやね、昨日は僕の保育園時代からの後輩の送別会だったんす







保育園時代からの後輩が東京で徒歩数分のところに住んでたら、そらちょくちょく飲むわって話で





実際ちょくちょく遊んでたんだけど






彼が岩手に都合でUターンすると





ゆうて実家帰れば飲めるから"今生の別れ感皆無"なんだが






まあ色々と







エモかったなー爆






またやるべあっくん






2016年6月15日水曜日

どこそこのここ






と教える訳にはいかんけれども






最近いい場所見つけたんですわ







家で打ち込みしててもすぐ息詰まったり、水槽いじり始めたりするからね







かといって超・都心のお茶処とかでも人多くて気が休まらんし









いい、この場所

2016年6月14日火曜日

もう、なんていうか





北斗さんのブログ見ると、泣けてくるね
http://ameblo.jp/hokuto-akira/entry-12170660828.html







こういう気持ちに寄り添えないなら、音楽も芸術も甚だ無意味だ






そう俺が思うってことは、俺の人生の宿題はそこにあるんだろう








そう思わない人はどうのこうのってんじゃなく







俺の立ち位置、生い立ちの上に発生する、俺の視点からの、俺のための本題







人はなぜ、理不尽を突きつけられながら生きなければならないのか







でもやっぱり、随所随所ではいつもどおり、こう思います






俺にこの問題を突きつけてくれてありがとう、と







そして北斗さんにも、ありがとうございます






いつまでもお元気で、大好きなご家族と過ごせますように







感動してね、書いてしまった







やったね





今年も綺麗に咲いてくれました







これから毎日また楽しみだ


2016年6月8日水曜日

させんね








先日、某花巻市北上川河川敷における消防演習で









華麗なるキノコカットを披露した消防団員は









俺の弟です

2016年5月25日水曜日

どうやらマルカン





すげい事になってるらしい





ま、行くけどね





身内(花巻人はみんなそう思ってる)の最後を看取らんわけにゃあ




いかねべ







昨日は




もうすぐ15年来の付き合いになっちゃいそうなこの人と遊んでました







そのうち公共の場で遊ぶかもね










2016年5月24日火曜日

同じ曲



何回も書いたって仕方ない



曲の展開とかベクトルがある程度理論的に展開して行く以上




似た方向性のものを作れば作るほど、一曲一曲のクリティカルな輝き、特性は損なわれる




水槽の緑の中に赤を一点だけ加えれば、ポイントとして引き立つが




周囲も赤で埋め尽くすと、赤の美しさは際立たなくなる




美しさも意味合いも、周囲との相対的な関係性の中で成り立つ




唯一、ただ一つのみで成り立っている存在など、まさに"存在"しない





全く話が逸れるが





今年のハロウィンの主役の人(本人にはまだ何も知らされていない)

2016年5月20日金曜日

寝る前ではあるけれども




俺は人と自分を比べる趣味はない







それは悪趣味、いや、と言うより、








生まれも育ちも、また空間的にも物質的にも全く異なる存在である他者を”ええい多分大体おんなじ”と強引に括って






そのうえで、ある一つの観点から優劣を見定めようという乱暴






そんなものはただの愚行に過ぎないから







てめーの幸せはてめーで決める







人に強要したり強要されたりするものではそもそもない






俺の場合、こういった俺自身が経験から見出したある種の理論は、自らの音楽に直接的に影響を及ぼす







今日、一郎やゆたMAXと話してて、それを再確認した






俺がやはり面倒くさい奴ということも








まあ、そこはどうでもいい






俺自身がめんどくさいことで俺自身が被る実害は事実上無い








酔ってたわいたけれども







満を持して








寝る

2016年5月14日土曜日

春だかんね






稚海老たちが爆殖しててすごい





シロナガフジも見頃でありました、トウジュロにはあのヘンテコな花も(写真見づらいけど)




散歩中に出会ったきまずそうな亀






今日は所用にて新宿へ







まずは部屋の掃除です









2016年5月12日木曜日

いわきの「鬼」





「深い業が涙で報われるなら



いつまでも忘れずに歌えるから



それだけの人になりたい」







これ以上の言葉があるか








ねえ









2016年5月10日火曜日

営巣




うちのベランダ、パンジー類が咲いてるプランター群の片隅、自分が水槽掃除の予備用に積み上げてるプラケースに、気付くとアシナガバチの女王が巣を作り始めている





ヒトサマが一生懸命、健気に作ったものをどうこうするのは甚だ心苦しいが





共存できる環境にないため、彼女がどっかにでかけたこの一瞬に撤去させてもらった





せめて言えば、まだ巣が小さいうちに気付いてよかった





と、これを書いていると、窓の向こうにさっきのアシナガバチのお母さんが、何かを口にくわえて戻って来ている





多分営巣に必要な何かであろう、白くて丸い何かをくわえている





無くなった巣の上らへん、ベランダの手スリに止まっているお母さんがこっちを向いている





目が合った、ように一瞬感じた






ごめんねどけちゃって、他で頑張ってください






お母さんは何かをくわえたまま、どっかに飛んでいった







これが岩手の実家だったら、場所によっては或いは撤去しなかったかもしれない






都内の限られた空間で過ごさないとならない大変さは、あながち人間だけのそれではないのだろう






それはさておき、まだこのサイズだというのに、その完成された造形美といったらない