2014年3月26日水曜日



一つ一つをまるで丁寧に臨みなさい






彼らと同じ時間軸に生きることをやめなさい







本当に死を恐れずに理想を実現しようと思うのなら








周りに合わせて立ち上げる現実には、さしたる意味はない








みんなとお別れすることになっても、自分の気持ちを信じられるなら







泣くことも甘んじることも、戦うことも、与えられた世界だからこそ試せること










怯えて目を背けるくらいなら、覚悟を決めて、知れ







いやーマジで



環境的に恵まれた一日でした




色々見えた、人々の価値観








いらないの多かった








死んだら成り立たないわなーそらー








死んだ先は確約しないよそらーおれだって







でも俺が死んだ後に残される人のことくらい当然考えるじゃん








それは愛念とか、情けとか、思いやりとか人は好き放題いうけど











俺がそれを、後追いで確認できるかどうかはどうでもいい








生きてるやつが使えるかどうかが問題









俺を使って色々人権の実験したいお方はだうぞご自由に












活かせ、無駄はないー











2014年3月24日月曜日



ごねる、ごんぼをほる





その先で誰かになだめてもらう






なだめてもらって格好がついたので、仕方ないという態で、もとのさやに戻る





そうやって外に尻拭いてもらって、みてーなやり方の先に充足が待ってるわけねーだろ




満足を得たかったらてめーでやれ




てめーで考えろ、何事も




人を幸せにすることも、自分を幸せにすることも、他人にやってもらってなんとかなるなんて思うんじゃねー




よくよく考えたらつじつまなんてわかる





そういうやつは考えるのがめんどくせーってだけだ、びびってるだけだ、弱くて臆病な自分に直面することを





何様なんだよ、力があるとでも思ってたのか





めんどくせーのはいい、そんなことまでかまってられねー俺は





ただ、やらねーで陥ってる状況に不平不満をもらすんじゃねー





てめーで撒いた種だろう






ということを、言うべきか言うまいべきか迷っている






手前のブログながら、お見苦しい一面を失礼しました






まさかこんないい年して人を殴る訳にもいかんしなー笑





切ってバイバイ、で済む関係ならここまで面倒に憤ったりなんてしないけど





切れない関係だとね、悩むよねー笑





でもそれも俺の人生かな





俺の理想とする共同体って、そうじゃないとね





排他と排斥は行わない





最後までそいつが、生きようという意思を見せればの話だが






アイデンティティねー…





たちあげねーほうがいい、そんなもんは






無我が一番健康、俺は健康が好き











2014年3月11日火曜日

たまーに自分が






昭和の残党みたいな男だと思う時がある






てやんでえ、という風な時である




おそらくマクドナルドで一番うまい食い物はソーセージエッグマフィンである






なので自分は朝10時までしかマクドナルドに行かない







かくいう今も、マクドナルドでこの駄文を書いている







春になると曲をかきやすくて良い






それは物理条件で、部屋があったかいから、というところが大きい






2014年3月10日月曜日

物事を熟練していけるタイプの人たちのコツって



やってみて"できない"っていう一時的な結果を、あまりネガティブに受け止めないことに非常に大きいウェイトがあるんじゃないかなって思う






何度もトライするっていう事にあまり頓着が無いというか、出来ないという状況に対して、そこまで心の負担がない





逆のことを言えば、"できる"ことにもそこまで喜ばない、等価以上に妄執しないということにもなるんだけど





それはある意味やはり”無我”と俺は捉えていて






”できない”自分を周りと対比して、自分の心の中で卑しく貶めることもしないし、






自分がそれを”できる”からといって、酔いしれるようなこともない





酔いしれるのは一時的には気分の高揚になるかもしれないけど、その反動は必ず身体にツケの支払いとしてもどってくる





そのツケの支払いがいちいち面倒臭いので、そもそも喜ばない




体感の変化だけを取っているのが純粋に楽しいのではないかと思う




やればやっただけの変容が身体に起きたことを認めて、





また、時間の流れが、あらがえぬままに自らの力を奪って行くことも受け入れる





ある意味、死んで行くプロセスも知覚し、冷静に感じとり、楽しむ





死は誰にでも訪れる





それがおかしく、異常なことだとして、社会や共同体から排除しようと、なるべく意識しなくてすむように、見ないようにしよう、というのなら







その社会や共同体に属する人間たちは全員将来的に、”異常”化する、ということになる





人はみな、必ず死ぬからです





必ずそうなるというのなら、それは異なる常ではない






正しい常、すなわち正常です





健康な人間の正しい、最後のあるべき場所が”死”ということになる





その”死”がネガティブなことではないと捉えられたら





いまさら誤解など恐れず言うが、大抵のことはネガティブな感情からの支配を免れることができる





そうしたら、ある程度のことは何でも出来る





「死ぬ気になりゃあなんでも出来る」のめんどくさい文を用いた解釈説明







朝から掃除







お天気がいいし、洗濯日和ですわ













夜は友達連中と飲み会













仕事の日も休みの日も同じように楽しい











今日は休みの日















溜まった氣を飛ばす日















掃除のときかける率高い曲

2014年3月5日水曜日

狂わないでいないといけない理由ってあるんか?



必要だったら逸脱する勇気も大事だな






個性、とか、自分、とか結構確立されたもののように取り扱ってしまうと逆にその枠に苦しめられる





どうせ"自分"なんて周りの環境の中で限られた選択肢の中から組み上げられてきた概念プログラムのようなものなのだから、ある意味ではどこまでいっても「切っても切れない整合性」みたいなものがまとわりついてくるし、それが自分の責任すら軽減してくれるような気がするが




100%自分だけのせいってのはあり得ない






だったら狂ってもいいだろう、遊ぶ権利だってあるだろう






という俺は遊んでいたいだけにちがいない






中途半端が



一番よくない




人のせいにしてると中途半端になる




てめーーーーーのせいだろってことを





ちゃんと自覚しないと





やりたきゃやれ





やりたくねんならやるな





人のせいにすんな





ということをゆってると






また身もフタもないことゆって、と、となりに怒られる





えへへ、性格なんですわこれ







グルーヴがどうのこうのってさ



踏み込みでほぼ決まると思っていいのでは?






相手の特徴や性格に、ある種、自らの意思で、介入的な干渉を行う事に、自分で逃げずに最後まで責任を持てるかどうか






自分はそこまで責任を持つ気もないし、面倒なことは避けますよー、てんならそれはそれでいいんだが







そのせいでそこから先の景色が見えねーからってぶーぶー言うんじゃねーぞっていう




2014年3月3日月曜日

誕生日めし



最高でしたわ






必要としてもらえる中にしか自分の意味を見出せなかったら、それはそれで、素直に差し出せばいい







頓着しなくてよければそれほど楽で快適なものもない







無我、というのはそんなに悪いものではない







大我、という解釈もあるだろうけど









個人的には、皆がよけりゃそれでいいんです







そのように取り計らおうとするだけ







どこにいっても楽しめると思うので、俺自身に関しては















2014年3月2日日曜日

誕生日に弦買ったら




当たったわ笑





神様か仏様か存じませんが、








あざーーす!!笑




みなさん優しいもので



お誕生日を覚えてくれているばかりか、お祝いのメッセージをありとあらゆる連絡手段で送ってくださる






どうもありがとうございます







30歳と、みっつになりました








いやー、にしても32歳は本当、良い一年だったなぁ









これを更新するには











何も難しくない










一つ一つの出来事を丁寧に









喜んで悲しんで、笑って怒って、焦らずにまっすぐ考え続けていけばいいと思う









かんがえるのは俺の人生における、俺のメインのしごと









今夜はさすけっちからちょいとしたお知らせがあります










ギター買いに町さいってくるだ









誕生日、珍しい朝飯くった、んめがった