2014年1月27日月曜日

ひょうげん



とは何かをよく考える機会に最近でくわす






他人の物事の受け取り方は自分の位置からは「客観」ととらえる事が出来るし、






もちろん自分の意見、また、物事の捉え方などは「主観」としか言いようがない





その点で、相手がどう受け取るかを考慮に入れて物事を発信するか、入れないで発信するかはあくまで発信者に委ねられる






それは「どちらかを選ぶ権利」はあっても「考慮する義務」はない






だから発信自体が、その発信者の物の考え方や理論、しいては嗜好性に至るまでを受取手に幅広いレンジをもって受け取らせる事になる






これにはもちろん、受け取り手側の取り方によっても、表現の形が発信者のそもそも望んでいたものから変化して映る事も多々ある、ということが言える






ただ音楽を周囲に対して公式にアナウンスしてやっている人間は、「相手に聞いてもらいたい」という前提を掲げて表現する以上、「受け取り手がどのような受け取り方をするのかをある程度考慮すべき、考慮したほうが良い」という性質はイヤが応にもついてまわると思う





それで受け取り手が自由にあれこれ評価するのを嫌がるようならば、音楽を発表する機会をもつ、なんて手間のかかる事を、わざわざ自らアナウンスしなければいいからです






そこに気を消耗してしまうのは、それはそれで別に悪いことでも劣ることでもないのだから、悲観せずに部屋で楽しくやりなさい、一人がどうしても寂しいというのなら、付き合える友人だけでも呼んでホームパーティーでもしなつぁい、ということになる






その線引きはむつかしいよな、俺もすこしはわかるつもりです、加減のつけ方の複雑さは(そもそもこのブログ自体も原則としては自分にとって周りへの表現の一つなので)






だからそういったむつかしさを上手くなんとか接着させて、表現をしながらも周囲との関係性に建設的な調和を保ちたいというなら






思いやり、という、余剰に余っても別に害はない、目に見えない、過剰とも言えるオプション的表現の付随が、どうにも必要不可欠になってくるんではないかとやはり自分は思う







お前はどうなんだ、できてんのかと突っ込まれると全然出来てる気はしないんだが、そこを明瞭にしたいので書いている、最近そういうトピックが頻発してるので、これからの自分の考慮の仕方を見直す一つのきっかけにもなるかと思い







まあ、だからどうした、と言われたら元も子もないのだけど、こういう事の集積がsusquatchの音に如実に反映される事を、susquatchを11年やってる俺はよく知っているのです






歌詞やサウンドメイク、アプローチよりも、心のありようが音楽に一番反映されると自分は確信している







長くなったな久々に








さて、近所の友人と晩酌だ












2014年1月25日土曜日

万物は流転する



















だが情報は変わらない












上野の夜


重沢先生ごちそうさまでした





二次会もとっても素敵なお料理ばかりで(しかもグッドプライス)








体にいいおつまみもしっかり備わってて





健康と泥酔という、一見矛盾した性質を兼ね備えた希有な新年会でした









色々くっちゃべったけど一番覚えてるのは








「うには天然だけど、けんたは狂ってる」







という真っ正面からすぎるディスのお言葉でした








ありがとうしげ、てか本当ごちそうさまでした









春頃はheとも色々あそびます













2014年1月24日金曜日

東京高原






何やら日差しが春を思わせる日が増えてきた




あまり冬感のない今冬




4月に下北と京都でライブがありそうです




またいろいろ決まったらアナウンスさせていただきますので、みんなあそぼう








きたこれ







かいますわ、たぶん

2014年1月23日木曜日

だちが



くるしんでるのを





ゆびくわえてみてるほど







ぐあいのわりーもんわない





はっきりもうしあげて





けんかじょうとう





シンドラーのリストのテーマを聞きながら




がたごと山の手線に揺られて上野まで





今日はしげのぶくんと新年会





ハードな新年会シリーズ完結か






2014年1月7日火曜日

営業感まるでなし







と言えばまるでなしなのであろうと自覚する我がブログ。









心優しい昔からのお客さんが一名、色々と大変なこともあるかもしれませんが、良い一年になりますように、と励ましのメールをくださった。










いろいろと、お気遣いありがとうね笑。







そんな風に心配させるほど、自己との対話か風景写真以外取り上げない内容の最近の自分のブログであるが・・






俺は元気にやっています。susquatchがバリバリ活動していた頃よりは確っっ実に笑。








もともと音楽以外にも色々興味があって、落ち着きのない好奇心旺盛なやつなので、違うベクトルに走るとその新しい情報が頭の中を占有してしまう。だから最近は情報処理で一日が終わるのことが多いのだと思います。








まあこれはこれで俺のメモリーとして残り、ある晩には突如思い出したかのように読み返したりして、その拙さに爆笑出来たりもするので、変に突き放したり排斥などする気はないが、読みたくない人にはお勧めしないし、暇つぶしに読んでやるという方には僕自身もこういう意向で続いているブログだということを諒とされたい。









susquatchの新年ミーティングは明後日です。








こんな事いうと多方面にぶーぶー言う人が出てきそうだが







全然売れなくても良いから、死ぬほど旨味の詰まった悲しみや喜びを表現出来るアルバムを作りてい





その巨大な人間讃歌の渦の前では押切健太などいなくていい





無我







2014年1月2日木曜日

2013〜2014







明日は秋田です





喪中なので新年の挨拶は控えますが今年もどうぞよろしくお願いします








問題も希望も等しく、必ず同じ場所に立ち現れる









自分の心の中です







それらとしっかり向き合って行きていくには







まず自分とは何かをある程度考えておかないと話にならない







こういうのは、難しい話が好きなやつが考えることではありません







こういう事でも考えておかないと成り立てないような、逼迫してるやつが考えます






つまり俺です







こういう事でも考えてないと、身の置き場がない、意識の回転を逃がせない







それを濾せもせずに春は来ません








そんな半かな春なんぞ来なくて良い







考え続ける、見つめ続ける








今の俺なら出来ます







苦しむ俺すら楽しく傍観出来る







羯諦、ですわ、新年らしく笑