2013年8月31日土曜日

10月を楽しんだら





ぼちぼち、モードにはいります








研ぎ澄ます作業だし、問いただす作業です









てめーはなんなんだってことを今回はより深く問いただしたい










俺のためじゃなくて周りのため










光は常に俺と共にあるし、大丈夫です、俺には見えてます










だから良いものが出来ると思います










2013年8月30日金曜日

人間の決めたルールに従うのは大事




でもそうじゃない部分も人間にはあるんだってことを自覚するのも同じく人間には大事







意識は体、その中でも脳という部位が生み出した現象であって、俺たちが知覚できるこの意識なんてものは体全体の営みにおいてはほんの一部で、体感や潜在意識も含めて見渡したらただの表層部でしかない





だが一番明確に知覚しやすい以上は今現在はそこを大きく頼るしかない、というのは頷ける






だが、そこしか信用できない、というのは









言葉が悪いが









浅い。そしておこがましい。










自分の見てきただけの世界がどれほどのもんじゃい、という話である











自分のできる範囲のわきまえを知り、及ばぬ世界には畏れを持つ、それが意識の最低限の姿勢であったほうがいい








ていうか、夏戻ってきてるな



















純然たる暴力衝撃は






性欲や食欲ににている








説明がつかないがなにかしらを破壊したかったり殴りたいときはある








単純にそれが面白いからだろう







あーノイズやりたい







2013年8月29日木曜日

2013年8月24日土曜日

大変お待たせしましたが



http://susquatch.jp/









susquatchのホームページが復活いたしました。










ちょいちょいあれこれと、これからもいじって行くと思うので、逆に皆さんも「ここ見づらい」だの「あれ欲しい、いらない」だのありましたら、メールフォームからご連絡頂ければと思います。全てのご意見は必ず前向きに善処させて頂きますんで。。







ちなみにまだ時間のかかるいろいろな登録を済ませてなくてですね、インターネットで”susquatch”で検索しても上位にはまだ出ませんので、、、ブックマーク登録を宜しくお願いします、ご面倒かけちゃってすみません。






いやーでもこれでひとまず。。こんな奇特なバンドを愛してくれる僕らのお客さんに、オフィシャルな、正しい情報をお届けすることができるようになるってことで、一安心といったところです。「私はツイッターをやってないから情報がわかんないんだけど!」みたいなご意見もメールでいくつか頂いていたしね。



とゆうかそのメールアドレスだって、そのお客さんがわざわざsusquatchのお問い合わせのメアドを保存しておいてくれたからメール送ってこれたってことだもんね?本当に心当たりのある皆さん、ご迷惑をおかけいたしました!!涙







まあようやくの再開に際して少し、ホームページがなかった期間の事について触れておこうと思うんですけれどもね。






去年の12月にsusquatchの結成10周年ツアーが全部終わった時に、僕もまきちゃんもある意味で本当に一区切りがついたというか、とても満たされた気持ちになりまして。まあそれはそれで本当嬉しかったんだけど。






それは別の意味で言うと、図らずとも、僕とまきちゃんの中でsusquatchが一度終わってしまったというか。




なので僕の中ではもう一度susquatchをまた次の11年目としてやり始めるのにあたって、同じ気持ちで取り掛かることがなんだかできなくなってしまっていました。自分が10年もの間、なりふり構わずにやってきたsusquatchというバンド活動には一体どういうことが起きていたのか、またそれは自分にとって本質的にどういう意味を持つものなのか。本当にこれから先の人生にも、迷いなく、必要なものだと言えるものなのかどうか。個人的にはそれをもう一度自分の中で確認して、クリアにする作業がどうしても必要でした。さもなければ
ここから先の人生を再びsusquatchで歩み始めるということは、もう出来ないと感じたからです。よーくよーく熟考した果てに、もしも自分が「もうやめてもいいかもな」って思えた時は、やめようと思いました。



だからホームページが年明けに、海外からのウイルスに感染して閉鎖を余儀なくされた後も、すぐに動く、という行動よりも、しばらくホームページがないままで過ごすという選択をとらせていただきました。





当時自分がやっている仕事がとても忙しかったというのも外せない要因としてはもちろんあるんだけれども、ある意味そうやってバンドのホームページがなくなって、 susquatchというバンドの認知が世間からどんどんと遠のいていく中で、自分の内面に今度はどういった変化が訪れるのかを自分で客観的に見てみたかったからです。





まあ結果からいえば僕はまだバンドを辞めるということを選択せず、ホームページも新しく作り直してもらい、新たな楽曲を作り溜めたり、ここで今こんなふうにブログを書いたりしているんだけど。





そこにどのような気持ちの変化があったか、っていう事をはっきりとわかりやすく、文字に起こして皆にお伝えできれば、ここを読んで下さってる皆さんにも、バンドの熱意として伝わったり、あるいは美談として受け取ってもらえたりとかするのかもしれないけど、僕は最近本当に痛感しているんだけど、大切なことは本当に言葉にできません。




いやもちろん、僕よりも気持ちを文字に起こすことが熟練している人にはもっとシンプルで簡単なことなのかもしれないんですが。




ただ、今の僕にはとても難しいです。いろいろな気持ちのニュアンスを間違えて伝えたくないので、正しい言葉しか使いたくないのです。そしてその技術が今の僕にはまだない、及んでいないということなんだと思います。

なんというか、言葉に起こす前の自分の中の意識の感じだったり、感触や色だったりが、非常に玄妙で複雑なものなので、自分の中でそれは体感では理解できているんだけど、文字に起こした途端になんだか違う形になってしまったり、言葉に出さない方が良かったと思えるようなものになってしまうのです。

だから続けることしか今はまだできないんだと思うし、続けられてもいるんだとも思います。





バンドには必ず熱意があって、伝えたいことが明瞭にあって、、、という単純なことだけじゃないのかもしれない。今の自分が表現したいと思うことはそんなに分かりやすくて、大味なものじゃないのかもしれない。





情けない話ですが人生経験がまだまだ足りませんし、ですから表現が至りません。追いつきません。





なのでまだ続けさせていただきたいと思います。 11年目に突入いたしましたが、今後とも僕とまきちゃんのsusquatch、皆様の変わらぬご愛顧を賜れば幸いです。もちろん最低限条件として、僕らが素晴らしい音楽をみなさんにご提供できた場合のその報酬として、です。働かざるもの食うべからずです(伝わってくれてるよね?意味、笑)







進いたしますので今後ともお付き合いのほど、よろしくお願い申し上げます。






そして自分の話ばっかりでこんなに長くなっちゃったんですが、忘れてはならない今回の立役者!色々忙しい中でHP制作にあたりご尽力頂いた望月先生、大変お疲れさまでした、色々な意見やアイデアの反映も頂き、素敵なホームページを作っていただくことができました。本当にどうもありがとうございました!











さてさて9月は怒濤のツアー、ていうか明日にいたってはONA FES、、、、









ブログこんなに本気で書いてる場合じゃねー笑








じゅんびじゅんび…










まとにかく、ぶっこんで行きますのでよろしくお願いします。









明日はれるといいな〜



















2013年8月23日金曜日

先日夜中に



玄関の窓を網戸にしていたら、光に釣られたのだろう、そこからカメムシが網戸をくぐり抜けて家の中に入ってきていた




蛍光灯の周りをブンブンと飛び回り、羽音でとてもじゃないが寝れないので





タオルでそっと捕まえて網戸から外に放した





うちの玄関の網戸の下にはバジルやミントや花がプランターで並べられているんだが





今日、花がさきそうなバジルを剪定していたら







そのバジルのプランターのすぐ隣のコンクリートに、おそらくあの時のカメムシであろうそれが息絶えて転がっていた







タオルから離れたあと、バジルやミントの影に隠れて最後を迎えたのだろうか





いや、もしかしたら全く別のカメムシなのかもしれない、むしろそう考える方が自然なのかもしれない




うちの周りには樹木が多いので、玄関にはよく夏の虫たちの骸が転がっている





ここは本当に東京か、と思うほど毎日たくさんの骸が転がっているが





俺はその物言わぬ虫たちの骸がなぜだかとてもいとおしい





何かがきっと俺の胸の中にあるんだろうが、大切なことはやはり言葉にならない





夏がいまいま、まさに終わっていくのを肌で感じている




2013年8月20日火曜日

酔った



ふろはいってねる






このたまに、意識の範囲外に出るのが素晴らしくいい









俺は何様でもなく










明日にも消されても文句もいえない微小な存在と痛感できるのがうれしい








俺はその平等性を常に探していましたから








等しくないと感情移入できないでしょう、他者に








等しく、遍くこの感覚が他者にも通用するというなら愛せます







あなたの追われながら選んだ方法論も







要するに、







あなたの追われてお選びになった選択を援護し、大暴れすることができます。俺は。









そこの快感、充実感はこの世の如何なる満足感をも凌駕します。








嘘をついていなく、純粋だからです。








寝ます。







あんまりお月さんが綺麗だから





仕事はもう今日はやめた














太陽先輩ほど仲良くない気はするが、お月さん見てぼんやりできるのは間違いない幸せであります








うちのコゾーもベランダに呼んで呑んでる





名古屋のおかん

ホームページなかなか復活しなくて申し訳ない。。。

しかしながらもうすぐです、いいのができそうだからもうちょっとお待ちください。


これがsusquatchの9月のライブでございます




というか名古屋入ってなくてごめんね笑



呼んでください、行きますけん




というか、これはもう既にただのツアーだな笑




この日本のあちこちに、必要としてもらえる場所があるということに感謝です




ばっきばきに暴れるので暴れたい人は全員来て下さい





遊ぶべ〜


TMGW





















2013年8月18日日曜日

意識の狭さは






人を自由になんてしたりしない








だから意識の枠を広く取っておきたいのだ











2013年8月17日土曜日

今日は花火




熾烈な場所取り合戦かと思いきや







気合いいれ過ぎた早起きのおかげで圧勝








これから朝飯






2013年8月13日火曜日

昼寝




うわべだけで理解したって仕方がない







思いやったような態度だけ取られたってありがたくもなんともない









自分が思うことは他人だって一緒








自分がどう思われるか、どのような扱いを受けるかなんてことはどうでもいいことで







正しい道筋が正しく行われているかどうかが一番大事なこと








人間は物質であるという見方もできるけど、最近は人間とは組み上げられた概念のプログラムだとも思う







なんでこんなややこしいことを毎日考えているかって







愛すべきこの世界を可能な限りまで理解して、愛すべき全てを可能な限り俯瞰して見渡したいからです








もっと色んな角度を取り揃えたい








可能性はまだまだ広がる










頭が整理されてないと



なかなかブログの更新もできませんね





更新がないと、何か思いとどまっていたり、思い悩んでいるように受けとられたりしそうでやだが笑






俺は毎日、相変わらず楽しく研究をしています






最近は"痛み"とは何かを多面的にとらえてみたくて、時間を見つけては自分のお腹を殴り続けているんだが、当たり前の事だが徐々にアザが増えてきた爆





周りの人間には「この暑さで押切先生本当に逝ってしまわれた」と思われているんだが爆、それでいいのだ




理解するということは全身で体当たりで臨んでみないと、見えてこないと思っているから




脳みそや意識だけの判断に任せているとどうもしっくりこないんです最近




体感だったり潜在意識の部分の意見もしっかり反映させたいし、むしろ比率はそっちのほうが大きい方が俺は安心できる








さてさて






練習逝ってきます爆














2013年8月8日木曜日

あくまで俺の精神世界の話ですけど







ここ最近あれこれと仕掛けたり調整したりしてきた俺のとある意識における実験が







結実しそうな気配








ここはビッといきましょうおしきりさん






そのデータめっちゃ大事





2013年8月6日火曜日

忙しい





忙しいのだ







確かに忙しいのだ








がしかし







確かにものすごい勢いで色々なことを吸収している











だからとても楽しい










早くライブやりたいね











2013年8月1日木曜日

今年の蝉たちは



この不安定な天候のせいで思い切り鳴けなくて可哀想だ、と人間の身から勝手に察して思ってしまう







何年も地面の下で準備を重ねてきても、地上に出たほんの一握りの時間に報いを得ることが出来ないなんて、と








そういう道も確実にあるのだろう







ただそれは無色でやってきている事実で、色をつけるのはやはり受け取り手、もっと細かく言えば受け取り手の価値観








映り込んできた世界(状況の流転)に合わせて自分を変える、ということと、何が映り込んできても自分を変えないというのは全然種類の違うオペレーションで、やはりその二つも同じく事実だけを見れば無色なんじゃないだろうか








信念は表層部分こそ流転しても、本質は変容しない







と自分は思っている








それはすなわち








自分が思う正しい道筋、道理はいつにあっても本質的に変わることのない、ある意味で物理法則にも似た性質のものだと思っている









だから俺の人間としての細胞が分裂を行わなくなって、いずれエントロピー増大の法則につかまり、細胞を作り出すことよりも細胞を壊すことのほうが優勢になり(もうその流れはゆるやかに始まっているが)、完全に死に捕まったとしても











自分が確信した正しい法則は、道理は、俺が支持する、人間の持つ自然な感情の動きは自分の消え去ったあとの世界にも変容することなく存在し続ける











それならば、俺自身は俺個人の死を受け入れることが出来るのじゃないか











欲しいものがあったら、他人に頼ったり棚ボタなんか期待せずに、「自分はそれが好きなので、責任を持ってしっかりと求めたい」と動くべきなんだろう











死ぬのが嫌なら、なぜ死ぬのが嫌かを徹底的に丁寧に、自分から聴取する











生きるのが愛しいなら、なぜ愛しいかを同じように取り組む














そこから逃げるようなものにはそれ以上の世界は訪れたりしない
















どちらも自分の責任でやること

























梅雨が戻ってるので




雨の朝が多い












雨の日にこの曲は芯に響いてよい